情報デザイン

情報デザインとは

生の情報では解り難く、意図していることが正確に伝わらない。

情報を快適に伝える処理が情報デザイン

そのために必要なこと

私が情報デザインを考え始めたのは、多分1988年頃だった。
それ以前は、新聞社の企画部に所属していた。
その頃は「時間と情報」をテーマに考えていたのを思い出す。
キャッチフレーズは「情報を科学する」だった。

当時は情報処理という学問はあったが情報デザインという考えは少なかったのだろうと思う。
新聞社を退社した後は、情報デザイン研究所を主宰した。
地元では、「どんな会社なの?」と言われた。
だが、東京の人は流石に素晴らしかった。
「いい仕事していますね」と言われて喜んでいた。

情報デザインのことをいまさら説明する時代ではないだろう。
情報デザインは総合力を必要とする。
だから、何でも屋である田舎の企画屋が適していたのだろうと思う。
企画屋と同じように人間が大好きでなければならないと思う。
絶対に策士ではいけない。

2000年代に入ってからマスコミが荒れている。
フェイクニュースが当然のように流されている。
完全に策士となっている。

情報デザイン屋は愛の戦士でなければならない。

・マーケットリサーチ
・広告デザイン
・コピーライト
・メディアミックス
・心理学
・情報処理技術
・時代の先見力
・企画立案力
・プロデュース力

情報デザイン論」の必要性

情報デザインという勉強の必要性を感じたのはDTPの誕生の時である。

DTPは、原稿作成から仕上げまでを一人の人間が行うことが多い。
一人の人間がたった一人で情報発信を行うところに情報の不確実さがある。
情報の持つ影響力は大きい。それは、人の命にまで係わりあう事もある。

昔の情報制作には、多くの人の手と目と頭を必要とした。
だから、一人の人間の考え方だけで大衆の前に発信されることはなかった。
作業の工程の中で異常な情報は発見され浄化される仕組みを持っていた。

ホームページが簡単に作ることができるようになった今、未熟な情報が世の中に多数発信されることとなった。
いままで築かれてきた信頼感を持ちながらである。
日本は情報リテラシーが出来ていないといわれる。
情報の善し悪しを判断できない国民といわれている。

情報制作に携わる人間は、情報に責任をもたなければならない。
そのためには多くのことを学ばなければならない。
その方法が「情報デザイン論」だと思う。

最初にお断りしておくが、この情報デザイン論は持論である。
なぜなら、私が情報デザインに気付いた時代にはその考え方が存在していなかった。
情報デザイン=情報処理と思われていた頃である。

※下書き故に乱文なり

人生と情報との関係

人は一生の中でポイントとなる情報と出会い、大きく変わっていく。

この世で名を成した人の殆どがそうだといっても過言ではないだろう。

一冊の本との出会いが、その人の一生を変えてしまう。

青春時代に読んだ本が青春を変える

正月に出会った人の一言が一年を変える

読んだ雑誌の記事が1月を変える

月曜の情報が一週間を変える

朝の情報が一日を変える

今の情報が決断を変える


一生に一度の情報でも人生を大きく変え、他の人より抜きん出た人生を実現することができた。
瞬間瞬間を豊富な情報で決断する人が、どれだけ有利な決断をするだろう。

情報デザインの基本はアイドマの法則

広告戦略の基本として定義付けられているのがアイドマの法則。

1、Attention(注意・気付き)
2、nterest(関心)
3、Desire(欲求)
4、Memory(記憶)
5、Action(行動)

人間の行動心理である。

しかし、これは基本であって、現実にはもっと複雑だ。
インターネットの普及によって、さらに変わった。

もう、この基本原理は死語となるかも知れません。

【確認】【納得】が大きな要素となってきたからだ。

成約は説得ではなく納得である

情報には高さの違いがある

情報は質量で計算

情報は粘土と同じ

情報の受けての能力に合わせた情報発信

情報発信の目的は行動促進

ビジネスは高さの違いから生じるエネルギー

1-1=0 ゼロサム時代だから情報戦略

情報時代は発想を逆転させよう

情報でヤル気の創造

地獄の特訓で120%UP、やる気なら無限大

人を動かして価値ある情報デザイン

人間の構造に注目しよう

右脳と左脳をコントロールする情報デザイン

人が時代を変えていることを考えよう

いまさらだけど、情報時代(革命)を再確認


CGI-design /Communication21