使える脳と「ひらめき活用法」もご覧ください

PROFILE

この記事は約5分で読めます。
2021年5月撮影

経歴

1947年北海道苫小牧に生まれる

1973年 地元新聞社に入社し広告企画部に所属。
     なにも解らないまま広告業界に入る。
     大手広告代理店とのコンペの結果、専門店集合ビルの総合販売促進プロデューサになる。
     年間50本以上のイベント企画立案を10年間担当する。
     その間に各新聞社の広告賞受賞多数。

1985年 高橋憲行氏の企画講座に学び、企画の基本を知る
     筆者のターニングポイントとなる

1987年 情報流通システム研究所を設立。
    情報の流れを捉えた効果的伝達法を探求し、情報デザインを提唱
    印刷デザインのDTP化は北海道では先駆的で、デジタルデザインの可能性を追及する。
    デザイナーを中心に組織化で経営体質改善、デジタル情報制作リテラシーを提唱し、北海道デジタルデザインユニオンの設立発起人。
   「好循環システム理論」及び「ファイナル理論」及び「ランチェスター理論」をベースに情報のコントロール法やマルチコミュニケーションを提案。
   地域活性化フォーラムへの参画やマルチメディア時代に関する講師を受託。

1990年、コンピュータマガジンDABESA開発。
1991年 第三セクターの企業活性化イベントをプロデュースし、イベントは現在も続いている。
1991年 パネル情報P-COM開発。
1993年 苫小牧FAX情報センターPAOPAO開局。
1994年 バインダータウン情報誌「珈琲タイムズ」発刊。
    高齢化時代を考える市民フォーラムを開催した。
1997年 パオ情報デザインを設立。
    インターネットホームページデザインを始める
    
1999年 苫小牧と坂本龍馬の因縁を発見。地域興しを目的とした「坂本龍馬の志を学ぶ会」発足。
2001年 百円ノートでスーパー手帳「超メモ術」をインターネットに公開し好評

2001年 株式会社ヴイアールエスに移籍
    原寸大表示リアルスタジオ開発及び画像処理開発
    建築営業提案支援システム・未来写真プロジェクトに参画(画像処理技術構築)
    表現方法を高めたリアルスタジオシステムを開発(東京・大阪・名古屋で公開)
2005年 ジャパンショップ(東京)で財団法人日本店舗システム協会より受賞。

2004年 情報デザイン21研究所を設立
2005年 簡単・便利なNEOホームページシステム開発
    NPOインターネットで地域を快適にする会設立
    NPO法人苫小牧プラザに参加
2006年 市民雑誌「苫人」とビジネスリンク提携。
    デジタル・トマジンスタート

2006年 STVラジオパソナリティー日高晤朗氏主宰の日高塾に学ぶ
    二番目のターニングポイント



2009年 出版「100円ノート「超」メモ術」 東洋経済新報社
2013年 出版「結果がどんどん出る「超」メモ術」 青春文庫

2021年 ブログ開始&執筆活動開始

アイデアで開発したビジネス

メディア不足を感じ始めた時代のアイデア

■パネル情報P-COM
■空間開放型展示パネル(海の見える展示場・開放感と重厚さの追求)
■バインダー型タウン情報誌「珈琲タイムズ」—情報蓄積型
■FAX情報センターPAOPAO

一般にパソコンが普及し始めた時代のアイデア

■コンピュータマガジン「DABESA」—Macintosh使用
■GS顧客管理システム—車のナンバーから顧客データ表示
※初めて買ったマイコン(シャープ クリーンコンピュータ)

インターネットが普及し始めた時代のアイデア

■建築営業提案・未来写真
 実データによる完成予想図制作代行システム(全国展開)
■実寸大表示システム・リアルスタジオ(東京・大阪・名古屋で展示会出品)

65歳から終末活動を開始

私より9歳年上の若大将・加山雄三さんを見ていて驚くことばかり。
高齢になってからも精力的に様々な事にチャレンジしている。
なんといっても、元気で若い・・・・・

私も年齢に負けずに頑張ろうと思っている。
若大将が老いて引退したら、私の活動は後9年ということにする。
60歳を超えてから、水泳に挑戦し、1kmを泳ぎ切った。
ボウリングに再チャレンジし、人生最高の230を超えた。
唄ったことのなかったカラオケをアプリだが98点越を達成した。
廃人同様に引き籠もっていた時に、必死の思いで日高晤朗さんの主宰する日高塾に応募。
ダメと思っていたが、全員が受講生として認められた。
日高塾は朗読教室だったが、私は引き籠もりの所為で声もまともに出せなかった。
それが、4年後にはマイクなしで声が通るようになり、滑舌も良くなった。
スポーツジムに通い、筋力も鍛えた。ぶら下がるだけだった鉄棒で懸垂もできるようになった。
縁があって、メモ術の本も出版して戴き、多くの好評も戴いた。

思うのは、最後のチェンジの時期が遅すぎたことだ。
70才になった時、一切のチャレンジを辞めて、終末活動に入った。
自分の人生を振り返り、後悔することをできるだけ少なくしようと考えた。

私は田舎にいることもあって、情報収拾や勉強に苦労した。
学ぶべき資料が何もなかった。
最初は関連書を読み漁ったが、役に立つモノとは出逢えなかった。
結局、現場で苦悩しながら身に付けるしかなかった。
そのため、身に付いたとは言え、かなり時間を費やした。
もっと効率よく学べたら、人生の中でもっとたくさんのことができただろうと思う。

私が修得した知識や経験は一般書籍で書かれていることとは異なっている。
企画というのはいつもオリジナルを要求される。
苦悩の結果知ったことは、企画の参考書は使えないということだった。
経験で書かれた本は時代遅れであり、同じ環境は存在しないから同じ企画は使えない。

脳力を鍛えるために「脳科学」の本を読んだり、医学書を読んだ。
学者は知っていても、書けないこと、言えないことがたくさんある。
科学の範囲で考えていたのでは、脳もひらめきも解明できない。
世の中は不思議なこと、解明できていないことがいっぱい。
科学的ではないけど、現実に起きていることは山ほどある。

「ひらめき」もそのひとつだ。
科学的にも、宗教的にも、一般常識でも説明できない。
でも、ひらめきは現実に存在していて、みんながひらめきを利用している。
私はあたりまえのように「ひらめき」を活用している。
私はひらめきを得る方法を体得したと思う。

断言しておこう
ひらめきは脳の中には存在しない
鍛えるのは脳ではなく意識・精神・心である。


ひらめき出すと、いろいろなアイデアが湧き出てくる。
私自身では利用しようもないアイデアがでてくる。
それで経験やアイデアを書き残すことにした。

燃やしてしまうのは余りにももったいない・・・・
誰かの役に立つかも知れないと、頑張ってブログを立ち上げた。
私の伝言板としてブログが最適だと思っている。

著者 はこび天舟(Takeyoshi Nakakou)1947-

タイトルとURLをコピーしました